「いっちょめいっちょめワーオ、か…。」
田代まさしは目の前のパケを一晩中睨み続けていた。
「ダチョウの竜ちゃん、俺、志村さんがいない娑婆なんて、もう、心の中が空っぽだよ…。」
ブラウン管には猿岩石ヒッチハイクの映像が流れていた。
「有吉、頑張れよ。俺も薬やめるから…。」
志村はいかりや長介の住んでるアパートを訪ねていた。
「碇屋?本名を開いてたのか…。」
いかりや長介はドリフターズメンバー、荒井注脱退に伴うゴタゴタに悩まされていた。
「テレビの前の皆さん、今週から新メンバーの志村けんくんが加わります。」
「よろしくな!チョーさん!」
「馴れ馴れしいんだよ志村!」
田代まさしは延々、パケを握りしめながらVHSを再生し続けた。
「アヘン ヘロイン コカイン マリファナ♪ハイになって夢中になって♪致死の手前で一旦やめようか♪かな…?」
「田代、久しぶりだな。」
「桑名!」
「田代、俺最近お箸の持ち方矯正できたんだよ。お前も覚醒剤やめれるよ。自分を信じろ!」
「桑名、志村さんを失った俺の涙を止めてみろ。」
「田代、お前に必要なもの、適度な運動、十分な睡眠、栄養バランスの整った食事、だ。」
「そんなのダルクで死ぬほど習ったよ!もういいよ!」
「田代お前注射器あるのか?」
「ないよ!今は!勿体無いけどそのまま飲むよ!」
「苦いらしいじゃないか、覚醒剤って。甘い飲み物買ってこようか?」
「桑名はいいやつだな。」
田代と桑名は近くのファミリーマートでお母さん食堂コーナーを物色していた。
「桑名、志村さんってさ、結局何だったんだろうな?」
「あの人は面白かったなー。」
「お前単なる素直ないいやつじゃん!」
「バカ殿とか本当に面白かったよな!」
「桑名も共演してたじゃん!」
「いやー、いい思い出だよな!」
「桑名、ファミリーマートに注射器売ってないんだな。」
「不便だなー。」
「桑名っていいやつだなー。」
ブラウン管にはお笑いウルトラクイズが映っている。
「これで俺ナイナイの岡村知ったんだよな。」
「そうそう、ダチョウの竜ちゃんとSMのムチでしばき合うんだよね。」
「この映像の二人が、一人自殺で一人精神病院送りとか、全然笑えないな、桑名。」
「そうか?そんなこと考えもしなかったわ!」
「桑名はいいやつだなー。」
二人は1週間ほど徹夜でお笑い番組のVHSを見続けた。
「桑名、俺今後どうしよう?」
「田代はお笑いの才能があるんだからお笑いで頑張ればいいじゃん。」
「でももう何度も何度も薬物で捕まってる俺が地上波で使ってもらえないだろ!」
「でも田代はお笑いの才能があるんだからお笑いで頑張ればいいじゃん。」
「そうかー。」
「桑名、殿はいいな。」
「殿って誰?」
「たけしさんだよ!」
「たけしさん?」
「ツービートのボケ担当のビートたけしさんだよ!もうなんなんだよ桑名!」
「バカ殿が志村さんで、殿がたけしさんか。ややこしいな。」
「もうこれ桑名のワンマンショーじゃん!桑名そのキャラでR-1優勝できるよ!」
「R-1?」
「もういいよ!」
「桑名はM-1も知らないかもしれないから説明するけど、M-1ってのもあって、漫才コンクールがあって、それに二人で出よう!」
「それに出ると何かいいことがあるの?」
「賞金1000万円と抜群の知名度が保証される最高のお笑いチケットだよ!」
「チケット?」
「喩えだよ!チケットっていうか、スターになることを保証されるって言いたかったんだよ!」
「スター?星?」
「スターっていうのは有名人のことを指す用語だよ!桑名はお箸の持ち方を身に付けるとともに一般教養を全て失ったのかよ!」
「一般教養?」
「もう桑名は日本語も大体わかんないのかよ!常識みたいな意味だよ!」
「常識?」
「覚醒剤とか絶対ダメとかそういうのを常識って言うんだよ!」
「へー。」
「桑名もダルク行け!」
「ダルク?」
「わかった。ごめん。俺が悪かった。」
12月、ついにM-1決勝ステージに辿り着いた田代と桑名のコンビ「ラッツ・アンド・スター・アンド・しゃねるず」は、健闘したものの、最終ステージ進出には至らなかった。
「田代ー!」
「クワマーン!」
大歓声が何よりの答えだった。田代は大切なことは何なのかに気づいた。
「桑名、ありがとう。」
「ありがとう?」
「サンキューって意味だよ。」
「サンキュー?」
リアルタイムで視聴していた鈴木 雅之は涙を堪えることができなかった。
「マーシー、おかえり…。」